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伊勢本街道 その7
多気〜伊勢神宮





いよいよ伊勢への旅も
最終回。

朝一の近鉄特急で松阪へ。

車内はご覧の通りでした。











松阪駅でJRに乗換え、
多気駅へ。

結局、名松線は使い
ませんでしたが、
名松線のホームには
通票の授受を確認する
箱もありました。









朝9時ごろに多気駅に
到着。















駅から歩いて前回終了
地点の踏切まで。

ここからスタートです。













しばらくは舗装された
道を歩いて行きます。

所々案内板はあるのですが、
ご覧のように見にくい
ものもあるので要注意。











伊勢参りの最終回に
ふさわしい天気。

気持ちよく歩けそう。













竹林の中を伏拝坂を
越えていきます。

坂、といっても言われ
なければ気が付かない
程度の坂。











伏拝坂の到着。
案内板によると、
むかし伊勢参りに旅人がここ
まで来て、お伊勢さんまでの
距離を尋ねたところ、
「三里山道 五里畷」と聞き、
これから先の難儀を思い、
参宮するのをあきらめ、
東の空を伏し拝んで残念そう
に帰ったという伝説の場所。

ここまで来て諦めるのは
断腸の思いだったので
しょうね‥



正念僧・人柱供養碑塚。

二百数十年前、この街道を
正念という老僧が歩いて
おり、書き写した経分を
全国66か所の霊場に
奉納しようとしていた。
ここまで来た時、病となり
死を悟った正念は街道を
往来する旅人の安全を祈り
人柱に立ったそうだ。

ここまでの無事を感謝し、
ここからの安全を祈願し
一礼。


曲がり角にあった常夜燈。

奥の鳥居は何神社の
ものかわかりません。













田丸神社の前にあった常夜燈。

田丸神社のご祭神は菅原道真。
道真サンは個人的に興味があるので、
ここはじっくり参拝。












田丸神社の先の道標。

案内板によれば、
大和からのはせ(初瀬)街道、
熊野街道、熊野からの熊野
街道がこの地で合流し、
伊勢本街道として伊勢神宮
へと続いており、交通の
要衡といわれ、伊勢参宮と
西国三十三ヶ所の観音巡礼
のため、田丸の町は大変
賑わったそうだ。


田丸から県道をまっすぐ
東へ。

JR参宮線を越え、
しばらく行くと宮川の
手前に尾崎咢堂記念館が。
尾崎行雄の名の方が
有名ですかね。

憲政の神、とか
議会政治の父と
呼ばれる立派なお方。





宮川に架かる度会橋を
渡れば、そこは伊勢市。

昔はもちろん橋などなく、
渡し舟で渡ったそうです。
ここの渡しは「柳の渡し」
と呼ばれ、ここも伊勢参りの
難所のひとつ。









度会橋を渡ると外宮は
もうすぐ。

いよいよです。













外宮の少し手前にある筋向橋。
その昔、関西からの参宮道と
中部・関東からの参宮道が
ここでひとつになったところ。
今は橋の欄干だけが残って
います。当時、
 おたくはどこから?
 京からどす。そちらさんは?
 江戸からだよ!
なんて会話がなされて
いたのでしょうか。





外宮手前で月夜見宮へ寄り道。
月夜見宮は外宮の別宮で
外宮から300mほどの
ところにあります。

こちらは参拝客は私だけ
でした。









外宮に到着。

ようやく、本当にようやく
到着です。

多気駅からここまで
約3時間。










ここは多くの参拝客で
賑わっていました。

当たり前といえば
当たり前ですね。












御正殿前。
人にもまれながら参拝。

祭神は天照大神の食事を
司る神の豊受大神。
衣食住をはじめあらゆる
産業の守り神だそうです。

外宮内の境内社にも
一通り参拝し、内宮を
目指します。






外宮の前にはこんな
マンホールが。

カラーでなかなかよく
できています。













外宮からは伊勢市内の
住宅街を歩いて行きます。

ほどなく永代常夜燈が。
両宮の文字が見えますので、
内宮と外宮を結ぶ道で
間違いないと思われます。










小田橋。
今は立派な橋ですが、
昔は二重架橋だったそうで、
身分によって渡る場所が
決まっていた、とも
言われています。











伊勢自動車道の手前に
ある古市参宮街道資料館。

昼休み中だったのか、
開いてませんでした。
残念。

この辺りは昔、遊郭が
あり、随分と華やか
だったそうです。





大きな二対の常夜燈の
前を通りすぎ‥















猿田彦神社へ。

ここまでくれば内宮までは
残り1kmほど。













内宮手前は大渋滞。
駐車場探しも大変かも
しれません。














おはらい町に到着。

ここからは土産物屋や
食べ物屋さんを眺めながら
内宮の入り口へ。












ご存じの赤福本店。

赤福の創業は1707年で、
本店の建物は明治初期の
ものだそうです。
こちらも凄い人でした。
個人的には興味がないので、
立ち寄りませんでした。

途中のどこかのお店で
昼食を、と考えたのですが、
どこのお店も大行列で
諦めました。






内宮到着。
外宮からは5kmほどで、ちょうど1時間でした。
内宮は、皇室のご祖神の天照大神を祀っています。

外宮より内宮の方が人が多く、芋の子を洗う状態。
聞くと、1月が一番参拝客が多い時期なのでとか。
私がここに到着したのも1月の休日。
仕方ありませんね。
朝一番とかであれば、もっと人は少ないと思う
のですが、昼一番という時間もよくなかったかも。






五十鈴川に架かる宇治橋を
渡っていきます。

宇治橋は20年ごとに
架け替えられるそうで、
訪れた年の前年11月に
架け替えが完了。

この橋脚は前の橋の
ものでしょうか。







参道は人が多いながらも
ピンと空気が張っています。

一気に身が引き締まる思い。













五十鈴川の御手洗場で
手を清めて御正宮へ。















大阪の玉造をスタートし
足かけ6日、約180km
歩いて到着しました。

参拝すると全てが終わって
しまいそうな感じがして、
しばらくの間、石段の下に
立ち感慨にふけってました。

これだけの参拝客なので、
拝殿では感慨にふける
暇もなさそうなので。





新しくなった宇治橋。

架け替えは20年に一度
とはいえ、大変でしょうね。













おはらい町に戻って
きましたが、まだご覧の
ような人、人、人。

2時前でかなりお腹も
すいていたのですが、
諦めて五十鈴川駅へ
向かいます。









駐車場をおはらい町を
結ぶ地下道。

この辺りまでくると
人の数もマシになり、
昼食にありつけました。

生牡蠣と蒸し牡蠣で一杯。









地下道の中には当時の
様子を描いた屏風なども
あり、雰囲気を高めて
くれます。

この屏風にも物凄い人の
数が描かれていましたが、
この日も同じぐらいでした。









五十鈴川駅に行く途中で
内宮の別宮になる月読宮へ。















五十鈴川駅に着くと3時前。
まっすぐ帰ってもよかった
のですが、まだ時間があった
ので、鳥羽まで足を伸ばして
みました。












夕方、鳥羽から伊勢市駅まで
戻り、一旦途中下車。















駅前で居酒屋を見つけ、
一人打ち上げの開始です。

この後、近鉄特急に揺られ
自宅へと戻りました。












なにを思ったのか、突然始めた伊勢神宮への歩いての旅。
歩くこと自体は嫌いではありませんが、
そんなに長距離を歩いたこともなく無謀にも思えたのですが‥
歩けてしまいました。自分でもびっくりです。
内宮へ到着したとき、我ながらよく頑張った、という達成感と、
内宮前に立つという厳粛な気持ちと、
終わってしまう少しの寂しさが入り混じり、
凄く複雑な気持ちになったのが印象的でした。
感想を一言、と聞かれたら歩いてみて本当によかった、ですかね。

さて、次はどこに向かって歩きましょうかね。



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