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熊野古道 その3
布施屋〜海南




使用マップ(和歌山県観光連盟)

布施屋〜海南


前回の続き。
JR布施屋駅を朝の
7時すぎにスタート。

この日はあいにく
天気予報では雨。










駅から北側に歩き、
紀ノ川まで戻ります。

戻ったところが
布施屋の渡し場。

案内板によると、
昭和三十年代半ばまで
渡し場が使われて
いたそうです。







本日の最初の王子、
吐前王子跡。

JRの踏切を渡って
すぐの右手側に
ありました。









一旦布施屋駅の南側に
戻るような進路をとり
布施屋の街中を歩いて
行くと、川端王子が
あります。

何もここに防火水槽を
作らなくても、
と思うのですが‥








導き石。

今回もお世話になります。













随分詳しい案内板です。
迷う人が多いのでしょうか?

この辺りは住宅街なので、
都度道を尋ねられるより、
表示してしまったほうが
早いのかも。

おかげで迷わずに
歩けました。







この後も紀伊路では
よく見かけた海抜の
案内板。

紀州大水害の教訓
なんでしょうか。










旧中筋家住宅。
重要文化財です。

この建物が建てられたのは
江戸時代末期と考えられて
いるそうです。

中筋家も庄屋だった
ようです。








中筋家からしばらく
行くと、和佐王子。

今までと石碑の形が
違うなと思っていたら‥











青いビニールシートが
掛けられたものを発見。

先に歩かれた方のHPを
見てみると、和佐王子
跡はここまで整備されて
はいなかったようです。

屋根付きのベンチなども
作られており、最近
きれいに整備されたの
でしょう。





県道を何度か交差しながら
矢田峠を目指します。

結構急な登りですが、
まだこの辺りは舗装されて
おり、歩きやすい。










天気がいいともう少し
きれいに見えるのに‥

と思いながら
さらに登っていくと‥












行く手を阻まれました。

どうも昨年(2009年)に
来た台風の影響のよう。

引き返す訳にもいかず、
強行突破。

台風の爪痕にはこの後
何度か行く手を阻まれる
ことになります。





矢田峠を越えると
こんな案内板が。

どっちだ??

よく見ると、左の矢印が後
から書き足されたみたい。

和歌山県の地図から読むと
右が導き石のある道、
左がみかん畑の道。

みかん畑の方が古道っぽい
感じがしたので左へGo。



思いっきりみかん畑。(笑

収穫が殆ど終わった後
だったので、みかんは
木には残っていません
でしたが、地面には
落ちたものがかなり
残っており、みかんの
いいニオイがします。






収穫されたみかんを運ぶ
列車?トロッコ?
モノレール?

なんて呼ぶのか
わかりませんが、
収穫時にはフル稼働
するのでしょうね。









みかん畑の中下って抜け、
平尾の街にはいって
しばらくすると、
平緒王子跡があります。

自治会の集会所の前に
ありました。









平緒王子跡は古道から
少し外れたところに
あるのですが、
外れるといっても
ホンの5mほど。

でも、親切に5m先の
案内板がありました。

5mとはいえ、見逃す
こともあるので、
うれしい案内です。





平緒王子跡の先、
和歌山電鉄の線路を
横切ります。

和歌山電鉄といえば
猫の「たま駅長」で
一躍有名になった
電車ですね。








県道9号線と合流し、
しばらく県道を歩いて行くと
状態がよければ高値で
売れそうな懐かしい
ホーロー看板が出現。

この看板の左側の
細い道へ入っていくと‥









奈久智王子跡。

ちなみに先ほどの
ホーロー看板の横に
奈久智王子社跡の
説明板があります。

奈久智王子は和歌山市内
最後の王子で、次の王子は
海南市内になります。






田んぼの水路にあった看板

昔はどこにでもいたメダカも
今や絶滅危惧種。













阪和自動車道のガードを
くぐり、さらに県道と
農道を南下していくと
やがて四つ石地蔵へ。

かって多田にあった
三上院千光寺の礎石を
集めて地蔵尊が祀って
あるそうです。

祠の周りにある石が
その礎石のようです。




さらに南下を続け、
県道136号線と
交わるところにある
松坂王子。

ここまででスタートから
2時間半ほど。







海南市が建てた道標。
石畳の道をのぼり、
クモ池の手前から
再び県道を歩き、
汐見峠を越えていきます。











汐見峠を越えたところに
ある呼び上げ地蔵。

その昔、熊野への長い旅の
途中で海が見えたのは
この峠だったそうです。
なので汐見峠。

今はその海も埋め立てられ
工業地帯になっているので、
海をみることはできません
でした。



次の松代王子は春日神社
の境内の中にありました。

春日神社が小高い丘の
上にあり、松代王子へ
行くには登っていく
必要があります。

松代王子を過ぎた辺りで
雨が激しくなってきました。






しばらく歩いていると、
あるはずがない阪和道が
目の前に。どうも日方川を
越えたところを、直進する
ハズが左にいってしまった
ようで迷ってしまいました。

迷ったときは引き返す、
が基本なので、雨の中、
日方川まで戻ります。

なんとか本来の道をみつけ
菩提房王子跡へ到着。



熊野一の鳥居跡。

熊野一の鳥居とは、
一番デカい、とかの
意味ではなく、
1つ目の鳥居、という
意味でしょう。

ここが古道と海南駅との
分岐点になります。

雨が止む気配がなかったので
この日はここまで。



海南駅まで戻りました。

約18km、迷った時間も
含めて4時間弱、28,100歩。













最初は降ったりやんだりの雨でしたが、昼前から雨が強くなり早めに切り上げました。
迷ったところは南向きに歩かねばならないところを、東に向いて歩いていたようです。
安物でもいいからコンパスは持っていたほうがいいですね。早速帰ってから買いに行きました。




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