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熊野古道 その6
南部〜滝尻(後編)




使用マップ(和歌山県観光連盟)

南部〜紀伊田辺   紀伊田辺〜稲葉根王子   稲葉根王子〜滝尻王子


王子谷越えルートを
選択し、谷越えへ突入。

民家の横の細い路地を
入っていきます。











道は荒れていました。

倒木が行く手を遮り
ますが、なんとか
進んでいきます。

急勾配だし、倒木はあるし、
落ち葉で足元は滑るし‥

木につかまりながら
登っていきます。



所々階段が埋め込んである
のですが、ほとんどは
落ち葉で隠れてしまって
います。

だんだん道そのものが
わからなくなってきました。

半分感を頼りに上へ上へ。

現在の整備状態はわかりま
せんが、あまりお勧めできる
ルートではないです。



峠を越えると下りに。
下りは倒木はあまりなかっ
たのですが、道が見えない
のは登りと同じ状態。

3枚ほど王子谷の写真を
載せましたが、もっと凄い
状態になっていた所も。

正直、もの凄い状態の
所は写真を撮る余裕が
ありませんでした。





なんとか稲葉根王子に
到着。

王子谷越えの感想は‥

「我、無事帰還セリ。」


稲葉根王子も五躰王子の
ひとつです。






稲葉根王子から次の
一ノ瀬王子までは、
市ノ瀬橋を通るルートと
興禅寺を通るルートが
あります。

興禅寺ルートの方が2kmほど
長いのですが、裏道っぽい
感じもしたので、興禅寺
ルートを選択。



富田川沿いを南へ。

水の色もきれい。


この先に今回の道程の
中で見たかったもの
があります。








潜水橋。潜水橋は通称で、
この橋は畑山橋が正式名称

川が増水したときに、
橋が流されないための
構造だそうで、そのため
増水時に抵抗となる欄干が
ありません。

モチロン増水してしまうと、
通れなくなってしまいます。

潜水橋と呼ばれるタイプの
橋の形は、この先も所々で
見かけました。


実際に渡ろうとすると
こんな感じです。
単車や自転車は通れますが
慣れないとかなり怖そう
です。

歩きでも、急に突風がきたら
危ないかもしれません。

道幅は両手を広げると
はみ出てしまうぐらいです。


潜水橋を渡り、興禅寺を
目指して歩きます。

この辺りはホタルが
いるんですね。











興禅寺の手前にあった‥

なんだったっけ??













興禅寺に到着すると‥

なんだこれは?














前に回るとダルマでした。
興禅寺の別名はダルマ寺。

このダルマは日本一だそう
で全国だるま八名刹の一つ
に指定されているそうな。

ダルマが白いというのに
なんか違和感を感じて
しまいます。

普段、ダルマは赤いもの、と
思っているからでしょうね。


一旦、再度富田川に出て
一ノ瀬王子に到着。

南部を出てからここで
5時間ほど。

ここからは富田川沿いを
右にいったり左にいったり
しながら上流へと進んで
行きます。







写真の赤い橋が加茂橋。
これをわたって<の形に
見える斜めに上る道へ。

なんか凄い急勾配。
少し疲れてきたころなので、
上る前にこんな急勾配を
見せられると気がめいって
しまいます。




水の色がきれいな富田川。

私は釣りはしませんが、
鮎なども釣れるそうです。

この先、鮎川王子の
手前にはAコープなど
もあり、食糧調達も可能。








加茂橋を渡り、住宅街の中を歩いていくと鮎川王子跡。

2008年に熊野古道に関する事件がありました。新聞記事を引用すると、

世界遺産の熊野古道のシンボルとして親しまれ、2008年6月に切断されているのが見つかった
石像「牛馬童子」(和歌山県田辺市中辺路町、市指定文化財)の頭部とみられる部分が発見された。
田辺署は本物かどうか調査中で、器物損壊容疑で捜査している。
牛馬童子像は高さ約50センチで、牛馬2頭にまたがった僧服の童子の像。花山法皇が旅をする姿を
模して明治時代に作られたと伝えられる。2008年6月18日、熊野古道を散策していた人が
頭部の切断に気付いた。同年10月には市が頭部の複製を胴体とつなげて修復した。

この切断された頭部が見つかったのが、鮎川王子の近くにある鮎川バス停のベンチ。
犯人が置いて行ったものだと思いますが、なんでこんなことをしたのでしょう??



鮎川王子の先で鮎川新橋を
渡り、再び富田川の右側へ。

住吉神社の手前には大きな
木の根元にできた穴を
利用した祠が。









住吉神社。

鮎川王子社はこの神社に
合祀されています。
住吉神社の勧請は1700年の
初めごろだとか。











住吉神社の先から
登り坂になります。

随分高いところまで
上がってきました。

眼下に見える橋も
潜水橋ですね。








のごし橋のたもとに
藤原定家の歌碑が。

この名前もよく出てきます。
藤原定家は1201年、後鳥羽
上皇の熊野御幸に供奉した
歌人です。

一行がこの辺りに来たのは
京都を出発してから
13日目だったそうです。





定家の歌碑の先から
未舗装の道に。

稲葉根王子の手前の
王子谷越え以降、
ずっと舗装された道
だったので、久々の
古道っぽい道。








道祖神と庚申塚。

道祖神は路の悪霊を除き
旅人を守る神。

庚申塚は病魔や病鬼を払い
除くとされ、縄で縛ると
失物が見つかるそうな。

縛られまくられても
庚申塚は困るだろうけど。





古道は富田川のすぐ横を
通っています。

場所によっては川面から
かなり高い場所も。

道も細く柵もない場所も
多いので、歩くのには
注意が必要です。

でも、こんな道のほうが
古道らしくていいですね。




オオウナギ棲息地の碑。

オオウナギは熱帯性の
ウナギで富田川が棲息地の
北限がそうです。
鮎川付近で1.7m、28kgの
オオウナギが保護された
こともあるそうな。

近い将来、温暖化で北限が
富田川でなくなってしまう
かもしれませんね。




オオウナギの棲息地碑の先
北郡トンネルを越える
ようなかたちで、
急な登り坂になります。
特に道が荒れていることは
ないのですが、かなりの
距離を歩いたあとの登り
だったので、かなり堪え
ました。

くだり終えると舗装道に
合流します。




北郡橋を渡って三度
富田川の反対側へ。

写真からもお判りいただける
と思いますが、なかなか
立派な吊り橋でした。










しばらく舗装道を行くと
清姫の墓があります。

この辺りが清姫の生誕の
地だそうです。

清姫の墓はもともと300m程
上流にあったそうですが、
国道の拡幅に伴い、現在の
場所に移されました。

大蛇にもなってしまう清姫の
墓ですから、動かすときは
勇気がいったでしょうね。


清姫のバス停。

バス待合所には自転車が。
自宅からここまで自転車
で来てるのでしょうね。
待合所が雨除けにも
なります。

皆が同じ事をしたらすごく
邪魔になりそう、
と思ったのですが、
邪魔になるほどの利用者は
いないのかも。


国道沿いには「本宮」の
文字もチラホラ出てきました。

もう少し、とはいいませんが
遥か先でもないことを実感。











滝尻への最後の道は
富田川沿いにh走る
国道311号線を歩いて
いきます。

ここまでくればゴールまで
あと少し。










熊野古道館が見えてきました。

熊野古道館は12角形の形の建物。これは中辺路町に12社の王子社があることにちなんだもの。
古道館の中には滝尻王子の貯蔵品や、熊野古道を紹介したビデオなんかもあります。
また無料の休憩所やトイレ、簡単なグッズ販売のコーナーもありました。

地図やパンフレットなどもありました。










この橋を渡って
右手が熊野古道館。
左手が滝尻王子になります。













滝尻のバス停から
紀伊田辺へバスで戻ります。

バスは1時間に1本程。
まだ本数は多いほうです。











バスが来ました。

立つほどではありませんが
座席はそこそこ埋まって
ました。











紀伊田辺駅に到着。

降りる際、お金を払おうと
財布をのぞいてみると
1万円札しかありません。

乗客全員が降りるのを待ち
運転手さんにその旨を
申し訳なく告げたのですが
ちゃんとお釣りが準備
されていました。

よかった。





この日は南部から滝尻まで、約37kmを7時間17分、48,800歩でした。
海沿いあり、街中あり、峠越えあり、川沿いありと、変化に富んでいて歩いていても飽きない道。
ただ、ひつこいようですが、王子谷越えはしんどかったです。それ以外は特に問題なし。
次はいよいよ世界遺産に入っていきます。



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