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熊野古道 その7
滝尻〜継桜(後編)




使用マップ(和歌山県観光連盟)

滝尻王子〜継桜王子


14道標の手前には
十丈王子跡。














少し行くと小判地蔵。

飢えと疲労のために小判を
咥えたままここで倒れたと
いう巡礼を弔って祀られた
もの。

小判があってもお店がなけ
ればなにも買えませんよね‥








15番道標。

14番道標から先は
道が細いので要注意。











悪四郎屋敷跡に到着。

悪四郎は伝説上の有名な
人物で、力が強く頓智に
たけていたそう。
悪四郎の悪は悪者という
意味でなく、猛者で強い、
というような意味。

言われなければ誰も
わかりませんね。





相変わらず道が狭いです。

おしゃべりしながら
よそ見をして歩いていると
危ないです。

私の場合は一人なので
おしゃべりをしたくても
相手がいませんが。






道の真ん中に木がデンと。

太すぎて切れなかったのか
あえて残したのか。












一里塚跡。和歌山から
二十五里とありますので
ここまで百キロ弱。

一里は4km弱ですが、
距離ではなく、最初は
1時間で歩ける距離だった
との説もあるようです。







一里塚の先、急な坂を登ると
上多和茶屋跡。

名前の通り昔は茶屋が
あったといわれ、大正
時代までは人家も
あったそう。

大変だったろうな‥






19番道標からすこし行くと
三体月伝説の説明板が。

三日月ではなく三体月。

なんでも陰暦11月23日の夜、
みっつの月が見えるという
伝説があるそうな‥






20番道標。
滝尻からちょうど10kmです。

所要時間は2時間45分。














一旦林道と交差しますが、
すぐまた古道へ。














細い石畳の下り坂。

石畳の下り坂の場合、
雨上がりでないことを
祈るだけ。











「熊野古道ではありません」
の看板がまたありました。

行く方向を示す看板は
どこでもよく見かけますが、
違うよ、の看板は熊野古道
以外ではほとんど見かけ
ませんね。








21番道標と22番道標の
中間あたりに大坂本王子跡。

この辺りから津毛川を時々
見ながら歩いていきます。

川と言っても、まだこの辺り
では小川程度の幅ですが、








石垣が見えました。

昔は誰か住んでいた
のでしょうか?











ふれあいパークング。
道の駅になっており、
トイレやお土産物屋、
簡単な食べるものも
売っています。

古道の名所、牛馬童子像
まで近いので、ここに車を
停めて歩かれる方が多い。

ここまでは誰一人とも会い
ませんでしたが、ここから
先は人の山。



道の整備は歩く人の数に
比例するようです。

当たり前ですが。

また、道の駅の前には
バス停もあります。








24番道標を過ぎ、
この一里塚を越えると‥














箸折峠の牛馬童子像。
箸折の名の由来は、食事の際にカヤの軸を折って箸の代わりにしたので箸折峠。
またカヤの軸の赤い部分に露が伝うのを見て、「それは血か露か」と尋ねられたので、
この土地が近露という地名になったという。

牛馬童子像は全高60cmほどの小さな像ですが、愛らしい表情で熊野古道のシンボル的存在。
ところがこの像が2008年の6月に何者かによって首の部分が切断されてしまいました。
首は修復されていますが、見た目にも色が違い、修復の跡がわかります。

なんでそんなことするのでしょうかね? 信じられません。






牛馬童子までは、先ほどの 道の駅からよりも近露の
バス停からのほうが
距離は近いです。

ただ近露からは登り坂に
なります。

「どっちが楽か」、と
聞かれれば、道の駅から
だと思います。






近露の集落が見えてきました。













日置川。

集落や舗装された道は
霧の里以来ですので、
随分久しぶり。

ちょっと大げさかな。









近露王子跡。

ここまでで滝尻から
約3時間半。

少し休憩です。











近露は自販機だけでなく
Aコープや郵便局、
美術館もあります。

土産物屋も多くバスが
停められる駐車場も
あるので、中辺路では
一番人が集まる所かも
しれません。







近野小学校。
校庭は全面天然芝。
奥に見える校舎から校庭の
広さがわかると思いますが
メチャメチャ広い。

その広い校庭が芝生。

どっかの知事さんが見たら
羨ましがりそうです。

私から見ても
羨ましいですが。


29番道標。
この手前から未舗装の
山道に入り登っていきます。

この辺りまでくると、
土地の人以外はまた誰とも
出会わなくなります。






30番道標の先、坂を登り
きった所にあった地蔵尊。

いわれなどはわかりません
でした。








比曽原王子の少し手前で
旧国道と合流。

近露からの道は、未舗装の
道が少しだけありますが、
ほとんど舗装された道。

歩きやすいですが
疲れやすい。






比曽原王子跡。














小さくて見えないと思い
ますが、下の道を走るのは
ミニパト。

こういうところには
ミニパトが似合います。










32番道標、一里塚跡、
33番道標を過ぎると
野中伝馬所跡。

伝馬所は紀州藩が熊野街道
に設けた役所で官吏の通行
の便をはかり公用の文書や
荷物を逓送するためのもの。

中辺路では田辺と本宮の間
に上三栖、芝、高原、近露、
ここ野中、伏拝にあった
そうです。


継桜王子に到着。
滝尻をスタートしてから、
4時間ちょっとでした。

予定では小広王子まで行く
つもりだったのですが、
急な用事で自宅に戻る
必要ができ、ここで終了。








継桜王子にある野中の一方杉。

「一本」じゃなく「一方」。
枝が全部左の一方向に伸びているのが
おわかりいただけるでしょうか?
枝の伸びている方角には熊野本宮大社があるそうで‥










とがの木茶屋。
名物の女将さんも
いらっしゃいました。

運転手さんをガイドにタクシー
で観光されている方も
何組かいらっしゃいました





秀衡桜。

案内板によると、
奥州の藤原秀衡夫妻が熊野
参りをした際、滝尻の岩屋で
出産し、その子を残して
ここ野中まで来て、杖にして
いた桜の木を地につきさし、
子の無事を願ったとされ、
その木が成長したのが
この秀衡桜だそう。

滝尻近くの乳岩の話ですね。
子の無事を願う前に、連れて
こいよ、と思うのですが。



滝尻まで戻るバスを
待つ間に付近を散策。

野中の清水。

環境庁の名水百選にも
選ばれています。






もちろん飲むことができます。

水の味がどーだこーだ、と
細かいことはわかりません
が、美味しかったです。









バスまで時間があったので
野中の清水バス停前にある
「熊野路 清水」さんで
昼食。

めはり寿司と山菜ちらし。

疲れた体にはやさしい味。
美味しくいただきました。







熊野路 清水さんの外観。

お土産にわらび餅を買って
帰ったのですが、これが
好評で、次回もリピート
しました。










滝尻まで戻るバスは、
とがの木茶屋のすぐ下に
あるこの野中の清水バス停
と、20分ほど歩いた
ところにある野中一方杉
バス停のどちらか。

一方杉バス停は1日5便
ありますが、ここ野中の
清水バス停は1日2便。

上手く1日2便のうちの
1本に乗ることができ
そうです。



ここからの眺めは和歌山県の
朝日・夕日100選にも選ばれ
ています。

残念ながら、どちらも見る
ことのできない時間でした。












滝尻王子から継桜王子まで道標番号が34、つまり17km。4時間20分、約26,500歩でした。
ここから終点の栗栖川まで行き、バスを乗り継ぎ滝尻まで戻ります。実はここでハプニング発生。

私を含め、4人がバスを待っていたのですが、時間になってもバスが来ません。
まあ、遅れることもあるだろうと思って5分、10分、15分‥さすがにおかしいな?と思ったのですが、
どうすることもできず困っていると、一台の車がタクシーを連れてやってきて、
「バスが故障してしまいました。この車とタクシーで送りますので乗ってください」と。
そりゃ、いくら待ってもこないはずだ。車とタクシーに分乗し、バス停をたどりながら栗栖川まで行きます。
栗栖川のバス停に着いた時点で、乗り継ぎのバスはもう出た後。なので滝尻まで車で送ってもらいました。
モチロン、バス代分は払いましたよ。

押印帳を忘れたり、用事ができ早く帰らねばならなくなったり、バスが来なかったり、
といといろハプニングもありましたが、古道の雰囲気満載の道を歩くことができました。
次はいよいよ本宮を目指します。


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