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西国街道(旧山陽道) その16
徳山〜四辻(中編)






踏切を渡ってすぐ、
ご覧のような二股へ。

ここは右の登りのほうへ。











二股の横には
「旧山陽道入口 橘坂」
と書かれた案内板も。













坂を登って行きます。
この先、舗装道から地道に
変わります。












左手に海を眺めながら
登っていくとやがて手懸岩。
案内板によると、この辺りで
眼下に見える瀬戸内海の
絶景にしばし足を止め、
この岩に手を懸けて
休んだそうな。

なので手懸岩。






ということで、お約束。(笑















ご覧の通り、足を止めるに
値する絶景ですね。














しばらく行くと茶臼山古戦場。















まだまだ旧道の雰囲気
いっぱいの道を歩きます。














おこん川の砂防ダム。

何故か「おたんこ川」と
読んでいました。












その先に「石畳」と書かれた
看板があり、数mほどですが
それらしきものがありました。

当時のものなんでしょうかね。












浮野峠の改修碑と案内板。
明治4年に歩きやすい道に
改修したそうな。











「牟礼郷土誌同好会」の方が
設置された案内板。















改修碑から少し行くと、
左手にご覧のような案内板。
これは振り返って撮影した
もので、私が歩いてきた
方向からは裏側が見えます。

矢印の方向を見てみると‥







ご覧のように道があります。

矢印通りに入ってみました。
なんとか道がわかる程度の
道を歩いていきましたが、
なんかおかしい。
西へ向かって歩いている
はずなのですが、
時計と反対廻りに道が続き、
東の方角に向いているよう。
おかしいな??と思い
ながらも歩いていると‥




あらら‥
さっきの改修碑のところに
出てしまいました。

改修碑前には先ほどのような
矢印の案内板がなかったので
間違えたようです。

ということで、再び同じ道を
逆戻りして、先ほどの指差し
案内板のところまで
戻ります。



浮野峠に到着。

ここまででスタートから
4時間ほど。










峠の先はモチロン下り。















旧道が終わり、舗装道に入る 手前にこんなものが。
「この辺りをゴミで汚す人には
子々孫々に次々災厄
現れますのでご用心下さい」

旧道→人気がない→
見つからない→捨てる

こんな図式でしょうが、
信じられませんね。





舗装道に入り、国道2号線を
越えていきます。

越えたところには浮野峠へ
向かう案内板が。











浮野の駕籠立場跡。

浮野峠の急な坂を上る大名が
駕籠から下りてしばらく
休憩したところだそう。

またこの向かいには
又兵衛屋敷と呼ばれる
茶屋もあったそう。








浮野の街に入りました。

徳地屋(大名休憩)跡の
ところには、2本の道標。
「こんひらみち」
「あじなみち」
と書かれています。







少し行くと右手には
春日宮の常夜燈。















柳川のたもとには
春日神社の御旅所。













柳川を渡る手前、振り返ると
「旧山陽道浮野峠入口」と
書かれた案内板がありました。
ただ、私が歩いてきた
方向からはやはり裏側。

先程の浮野峠の指差し看板も
そうですが、この辺りの
案内板は西から東へ歩く人
向けに全て作られている
ようです。




柳川を渡ります。















川を渡ると防府の中心地に
近づき、一気に都会の
雰囲気に。













道なりに歩いていくと、
やがて広い道と合流します。














合流してから少し行くと、
左手にUNIQLOの
お店がありますので、
そこの交差点を右折します。











周防国衙跡の真ん中の道を
北上。

周防国衙跡は大化の改新
(646)によりおかれた
周防国の国府跡。








周防国衙跡をすぎ、ご覧の
四つ角を左折し西へ
向かいます。














やがて右手には毛利氏庭園。















さらにその先には佐渡神社。















すぐ国分寺。















こちらは武光家屋敷跡。
















防府天満宮。

防府天満宮に来るのは
これで3度目です。












防府天満宮前には
こんな案内板が。

萩往還道は、江戸の初めに
萩城と毛利の水軍根拠地で
ある御舟倉を結ぶ道。
防府天満宮前が萩往還道と
山陽道の分岐点だった
そうです。






天満宮の先、左手には
宮市本陣兄部家。

今の建物は寛政6年(1789)
の大火により類焼した際、
建てられたそうな。






その先、右手の定念寺には
宮市観音。














金物店と書かれていますが、
食べ物屋さんのようです。

メニューを見てみると、
焼き鳥やさんのようです。

こんな所に寄り道したら
この先進めません。(笑








県道にあった押しボタンの
歩行者用信号。

待ち時間は最短で8秒。

最長では何秒なのかな?











防府の街をすぎ、県道184、
54号を越え、道なりに
歩いていきます。

これは何神社かよくわかり
ませんでした。










やがて佐波川に出ます。
















川沿いをしばらく歩きます。















15分ほど川沿いを歩くと
大崎橋。

この橋で対岸に渡ります。











少し雲行きが怪しく
なってきました。














対岸に渡り、正面にある
トンネルで山陽自動車道と
国道2号線を越えます。














トンネルを抜けると玉祖神社。















周防一ノ宮の文字が
見えます。

それだけ重要な神社と
いうことですね。















浮野峠の前後の道は、景色もいいし、史跡も残っておりなかなか素晴らしい道でした。
ただ、本文でも書きましたが、西から東へ向かう人用に案内板があるので、
その辺は踏まえてあるいたほうがよさそうです。案内板があるだけでもありがたいですし、
浮野峠の西側には人口の多い防府市があるので、一方通行でも仕方ないのかな。



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