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西国街道(旧山陽道) その5
須磨〜土山(前編)






西国街道の続きです。

須磨駅前から国道2号線を
歩いていきます。

須磨〜土山間は28kmほど
ですが、ここもいくつかに
分割して歩いています。

なので、写真の天気が
途中で変わります。(笑




源平史跡 戦いの濱の碑。

国道2号線は両サイドに
歩道があるのですが、
北側(山側)を歩くほうが
いいかもしれません。
南側はすぐ海なので、
こんな石碑などは北側に
あります。

私は南側を歩いて失敗。
横断する場所も少ないです。



須磨海づり公園。
私は釣りはやらないので、
行ったことはありませんが
よく釣れるのでしょうか?











須磨浦公園の手前にあった
レストハウス。

侍チキンカリーに
須磨浦侍バーガー。

例の大河ドラマ以来、
この手のネーミングを
あちこちで見かけるように
なりましたね。







敦盛塚石造五輪塔。

この付近は源平一の谷合戦場
として知られ、当時16歳で
首を討たれた平敦盛を供養
するために建てられたもの。

室町末期から桃山時代の
もので、高さ約4m。
中世の五輪塔としては、
全国で2番目の大きさ
だそうです。


国道2号線を歩きます。

この辺りは極端に狭い。
南側から海・JR・道路・
山陽電車・山の絶壁。

つまり建物が建つ土地が
まったくありません。





やがて塩屋駅の手前で
国道2号線はJRの南側へ。

ようやくこの辺りから
2号線沿いにも建物が
出てきます。









2号線の交通量は多いです。

ただ、この辺りも両側に
歩道があるので、安心して
歩けます。











写真ではわかりにくいと
思いますが、線路が三段
重ねになっています。

写真の上部に見える建物は
山陽電車の滝の茶屋駅。
下の2本はJRの線路。

山陽の駅にはこちら側から
行くにはかなり遠回りを
しないといけなさそう。



遠くに明石大橋が見える
ようになってきました。













海神社。
わたつみじんじゃと読みます。

主祭神は三神。
上津綿津見神は航海の神
中津綿津見神は漁業の神
底津綿津見神は海藻、塩の神

三神とも海に関係ある
神様ですね。




さらに2号線を進んでいくと
左手には舞子公園。













孫文記念館。

右の四角い建物が神戸で
活躍していた中国人実業家・
呉錦堂の別荘「松海別荘」。
隣の八角三層の建物が
楼閣「移情閣」。

明石海峡大橋の建設に伴い
いったん解体され、元の
位置から西南方向200mの
現在地に移転されたました。
国の重要文化財です。

中を見学することもできます。

明石海峡大橋。

こうして改めて見てみると、
メチャメチャデカいですね。












明石藩舞子台場跡。

幕末に外国船の侵攻に備え、
幕府の命を受けた勝海舟の
指導のもと明石藩が建造
した砲台場の跡。
対岸の淡路島には徳島藩の
松帆台場があり、明石海峡で
挟み撃ちにしようとしたもの。

今は華やかな東京のお台場も
もとはここと同じ砲台場。

ミニチュアの大砲が
置かれていました。
当時、実際にぶっ放したこと
はあったのでしょうかね。

しかし、ここに台場を
作った人は、後に橋が架かる
なんて夢にも思わなかった
のでは。



基本的には国道2号線を
西へ西へと行きますが、
時々脇道の旧道に入ります。

JR舞子駅の少し西側、
ここは左の側道へ。








舞子六神社。

祭神は伊邪那岐大神・
伊邪那美大神・天照皇大神・
素盞男大神・月夜見大神・
蛭子大神の六神。








山陽西舞子駅付近で
再び2号線に合流。














山田川上からみた
明石海峡大橋。














国道28号線は神戸から
淡路島経由で徳島まで。

海の部分はフェリーが
国道代わりです。明石海峡
大橋ができ、さらに高速料金
休日値下げの影響で経営が
苦しくなり、フェリーの
廃止が決定。

ということは、この看板も
なくなるのでしょうかね?




JR朝霧駅前を過ぎ、
朝霧川を越えたところで
左折し、旧道に入ります。












国道からこういう細い道へ
入ると、何故かホッと
しますね。













一本裏の道に入ると、
雰囲気もかなり違います。














穂蓼八幡神社。
ほたて、と読みます。












しばらく旧道を西へ行くと、
正面に教会が現れます。
教会の前を左折しすぐ右折。
右折する角には‥












大日本中央標準時子午線通過地標識と慶応元年の道標がありました。

世界の標準時が決められたのが明治17年。日本はそれに基づき明治21年に東経135度子午線上を
日本の標準時として使用。ところが当時の一般の人達は標準時子午線が明石を通過していることを
知らない人が多かったそうです。子午線の存在を知ってもらうため、明石郡小学校の先生達が自分の
給料を割いて建設費を負担し、明治43年にこの碑を設置したのだとか。

道標には右 加古川・姫路道、左 兵庫・大阪道とあります。
ただ、実際の表記は 右 か古川・ひ免ぢ道、左 ひやうご・大阪道。







柿本神社の石標が
ありました。

柿本神社はここから北へ
いったところにあります。
まあ、ここから神社が見える
距離ではありません。







明石駅の南側に出ました。
ここにも道標が。
みぎ ひめぢ道、
ひだり 大坂道、
とあります。

ここを左(南)へ行くと、
たこフェリーの乗り場。






明石、魚の棚商店街の2つ
南の道、旧浜国号と呼ばれる
道を西へ歩きます。

明石焼きの看板がよく目に
つきます。さすが本場。


ただ、地元の方は明石焼き
とは呼ばす、玉子焼き、と
呼びます。





そのうち、この看板も取り
外されるのでしょうね‥













商店街を過ぎると明石川。
川を越えて一つ目の信号を
右折し北へ。










200mほどで山陽電車の
西新町駅前。
駅は改修工事が行われて
いました。














自宅や勤務先の場所を考えると、須磨辺りまでは日常生活の範囲内なのですが、須磨から先は日帰り遠足の距離。
なので、思ったよりもいろんな発見ができ、歩いていて面白かったです。
基本的に電車の線路の近くを歩くので、チョコチョコつなぎながら歩くには最適な区間でした。


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