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西国街道(旧山陽道) その6
土山〜相生(後編)






姫路の商店街を西へ歩き、
突き当たった所が本徳寺。
ここを北に行き国道2号線を
越え2本目を再び西へ











マンションの角の道端に
あった道標と説明板。

草で読めません。
手で除けて読もうとしたの
ですが、草が固くてほとんど
読めませんでした。

残念。








国道2号線の北側の旧道を
蛇行しながら西へ。

水尾川を越えていきます。












東今宿付近。

風情のある建物が
残っています。
ポストも四角い無機質なもの
でなく、この形のものが
よく似合いますね。











高岡郵便局の手前に比較的
新しい大きな道標が。

矢印は大阪方面を指して
いるのですが、これは
西から、つまり下関方面から
京を目指して歩け、
ということでしょうか?









JR播磨高岡駅の手前で 再び2号線に合流

ここにコンビニがあります。
コンビニは本当に助かる
存在なのですが、つぶれて
しまうことも多いので、
目印にするのは不安ですが。










バイパス風の国道2号線で
JRの線路を越えてから
再び北側の旧道へ入ります。











古い道標がありました。

右 第一番みまさか誕生寺道
左 たつの道

とあります。明和四年のもの。









夢前川を越えます。
国道の北側にある旧道には
橋がないので、川を渡る
ときだけ2号線を使用。

このパターンは多いですね。
川の向こう岸には次に歩く
道が正面に見えているのに、
橋がなく遠回り‥






夢前川を越え、旧道に戻る
手前にあった道標。

左 備前 九州 金毘羅 宮嶋
右 因州 伯秋 昨州 雲州
すぐ 姫路 大坂 京 江戸

と表記があります。
江戸はすぐでもないと
思うのですが‥。







稲岡神社の鳥居。
奥に見える小山の手前に
社殿はある模様。

この先で国道2号線に
また合流します。











しばらく国道を歩きます。

国道は自然に左にカーブし
その後右へカーブ。

右カーブの頂点辺りから
左側の側道に入ります。









目の前に見える
レンガ色の建物は
ホテルサンシャイン青山。

右下には青山ゴルフクラブ。











この辺りが山田峠ですかね。















山田峠の先は下りになり、
山田の集落に入ると、
明治天皇山田御小休所。

明治18年の天皇巡幸の時に
御小休所となった所。









姫路バイパス(国道2号線)の
高架をくぐり、こんどは
国道179号線と合流。

合流地点にはかなりの達筆で
南無妙法蓮華経と書かれた
碑がありました。










太子メモリアルパークの入口を
過ぎ、憩いの里の手前の道を
右へ入ります。

憩いの里には
「大衆演劇」
「娯楽の殿堂」
「イベント盛り沢山」
と垂れ幕がありましたが、
残念ながらすでに閉館して
いるようです。





山陽新幹線。
新幹線の線路のそばを歩く
ことが結構多く、新幹線が
走ってくる音がする度に、
慌ててカメラを取り出すの
ですが、なかなか間に
合いません。

ようやく1台捕捉。








旧道に入って少し行くと、
左手の竹林の中には
桜井の水の碑。

戦国時代に播磨を治めた
赤松義村が選んだ「播磨十水」
のひとつだそうです。









稲刈りを待つ田んぼ。

秋、ですな。











黒岡神社の鳥居。

社殿はかなり奥なので
参道入り口の鳥居だと
思うのですが、
そこに玉垣があるパターンは
あまり見かけないですね。










行基作の太田の地蔵。

奈良の大仏殿を建立し
貧しい人々を助け
池を造ったお坊さん

と行基の説明がありました。







再び国道179号線に合流。
合流地点で土山から7時間。

国道沿いにはコンビニや
カレー、ラーメン、
スーパー、紳士服、電気店と
なんでもござれ。

この先は食事をとれる所も
少なくなるので、食事時で
あったならこの辺りで。



東保の交差点の先から
左斜めの旧道へ。

しばらく行くと
阿宗神社の石標。











林田川の手前で
茶屋垣内地蔵尊。

林田川を渡るために、
県道725号線に出て
すぐまた旧道へ。
またこのパターン。
やたらと橋を架ける訳には
いかないので仕方なく
また回り道です。

ある意味、川を渡るのは
今も昔も大変、
ということでしょうか。


林田川を渡るとたつの市。

また旧道へ戻ります。













ふたたび旧道を歩き、
ここ乗願寺前を左折。

祭りの準備中か
それとも片付け中か。








揖保小学校、公民館の前を
通り、突き当りがこの踏切。

踏切の手前を右折し、国号
2号線と合流します。












今度は揖保川を渡るため、
国号2号線を使用。

川を渡って再び南側の
旧道へ。











揖保川沿いにある
正條の渡し場跡。

当時の渡し場って活気が
みなぎっていたのでしょうね。






郵便局の前には古い道標。

右 ひ免ぢ かうべ 左 た津の 山さき

と刻まれています。

古いといっても明治のもの。




郵便局からすぐ、右手には
本陣跡井口家。

明治天皇正條行在所と
刻まれた石碑がありました。









JR竜野駅前。

この日の目標の相生駅まで
あと1駅分。









ここは左手の細い道へ。















いくつかの地蔵尊、頌徳碑
などを見ながら進みます。










山陽新幹線の高架をくぐり、
しばらく行くと
相生市の中心地へ。













道なりにあるいていると
この先行き止まりの看板が。

どうしようか迷ったのですが
そのまま進んでみました。

正解。
車は通行止めですが、
人は通れます。




普光沢川を越えると
JR相生駅前まであと少し。












駅前に流れる鮎帰川。

鮎がいるんですかね。

次回はここからになります。








JR相生駅前。

一応、新幹線の止まる駅
ですが、駅前にはコンビニと
喫茶店が1つあるぐらいで、
食事できるところは
あまりありません。











土山から相生まで50km弱を9時間半、約65500歩でした。
いや、この日はよく歩きました。伊勢本街道、熊野古道と歩いてきましたが、
距離・時間・歩数とも1日あたりでは今までで最高数。
さすがに歩いた日の夜から、膝が痛くなってしまいました。
京都からだいぶ歩いた気もするのですが、まだ兵庫県内。まだまだ先は長い‥


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