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西国街道(旧山陽道) その7
相生〜三石(後編)






墓石に囲まれるようにあった
西有年宝篋印塔。

鎌倉末期か南北朝初期のもの
だとか。案内板がなければ、
墓と間違えそうです。







すぐ先、左手には一里塚跡。












立場跡。

宿場間の休憩所の跡だそう。

この先有年峠が待ち構えます。
さあ、道はどんな具合かな‥








この日は獣除けの柵が
開いていました。

ちゃんと「開けたら閉めろ」と
書いてあるのに‥









坂折池。

ちょっとこの時期は水量が
少ないですね。












坂折池の畔には
こんな案内板が。

平成22年10月とあり
ましたので、つい最近
建てられたもののようです。








道はすぐ地道になります。
右側にはヤブツバキが
等間隔に植えられていました。
近くの有年小学校の生徒が
植えてくれたようです。

こちらも2010年10月の文字が
ありました。
どうも昨年の秋に一気に
整備されたようです。





入山者へハンターに誤射
されないための注意喚起。

蛍光色を着ろ、とか、
二人以上で行動し大声で
しゃべりながら歩け、とか。

白っぽい服装は鹿と間違え
られる可能性があるので、
ダメだそうです。

一人だったので、ラジオを
鳴らしながら歩くことに。



こちらはハンター向けの
注意喚起。

私もここでピンクのウィンド
ブレーカーを取り出し着用。
なんせ、以前銃口を向けられた
ことがありましたので、
念のため。








こんな雰囲気のいい道を
歩いていきます。

どこかで銃声がしないか、
犬が吠えていないか、
耳をすませながら‥







そのうち、道は荒れてきて
どちらに進むのかわからなく
なる程のハズなのですが、
なんの問題もなく道は
続いていきます。









この日は水は流れていません
でしたが、ちゃんと丸太で
橋も作ってあります。










切り株を見てみると、やはり最近切ったもののようです。

以前歩いた熊野や伊勢と比べると、山陽道を歩かれている方はどうしても少なく思えます。
そのため、最近の情報がなかなか得られませんでした。
この有年峠はとにかく荒れていて、途中で諦めて引き返した方、全然違うところへ出てしまった方など、
普通に歩かれたという情報は見つかりませんでした。

なので、かなり気合を入れて来てみたのですが、よかったというか、拍子抜けというか、
道がキッチリ整備されており、なにも問題ありませんでした。







この先がどうも峠のようです。
峠にはなにもありません
でしたが、そのうち案内板の
ようなものが整備されるかも
しれません。







峠の先、下りの道も迷う
ようなことはありません。












最後も獣除けの柵が。
これは針金でガッチリ
くくってあります。

これがなかなか固く締められ、
しかも何カ所もくくって
ありました。
一つずつはずし、通ってから
また全部締めていきます。

最初の獣除けのフェンスから、
こちらのフェンスまで
ちょうど30分でした。



なんの問題もなく、有年峠を
越えることができました。
整備していただいた方に
感謝ですね。









その後、国道2号線を横断し、
1つ目のこの角を左折します。












梨原宿の遺跡。

当時ここは「宿」だった
ようですが、今はなにも
残っていませんでした。









道なりに歩いていくと、
右手には船坂神社。













一旦国道2号線に合流します
が、すぐ先の右側にある
踏切を渡ります。











引っかかりました。

しかも貨物列車‥













踏切を越えてすぐ、
この二股は左側へ。












船坂峠を目指し、登り坂を
歩いていきます。
この道は車は通行禁止の
ようなので、安心して
歩けます。








峠には「縣界 東宮殿下
行啓記念 岡山縣」と
書かれた石柱が。

ここが兵庫と岡山の
県境ですね。









あとはは下っていくのみです。















2号線と合流。

ちょうど国道のトンネルを
抜けたあたり。













しばらく国道を歩いて
いきます。

5〜6分歩いて‥










ここのところから
右手の道に入ります。











すぐ踏切を渡ります。
踏切の右手には今越えてきた
船坂峠を抜けるトンネルが。











踏切にこんな看板が。
かまぼこ型踏切だそうで
真ん中が膨らんでいる為、
絵のようにトレーラーだと
腹が閊えてしまう可能性が
あるようです。

しかし、どうみてもかまぼこ
の形には見えません。

逆に真ん中がへこんでいる
ように見えるのですが‥




道沿いにあるいていくと、
石垣の上に三石一里塚跡の
案内板。

あれっ?

あれっと思った理由は後程。







「深谷瀧道」と書かれた道標。
どこに通じる道ですかね?












左手に小川を眺めながら
歩いていきます。











三石駅前に到着。
ここにも三石の一里塚跡の
碑があります。

ここから先は以前に歩いて
いるので、ここにも一里塚
跡の碑があるのは知って
いました。
なので、先程の一里塚跡で
あれっ?と思ったんですよ。

どっちが正しいんだ?





JR三石駅に到着。
































2回併せて22kmと少し、4時間10分で29800歩でした。ちなみに有年〜三石間は2時間40分。
相生〜三石間は2回に分けたことになりましたが、ようやくこれで1本につながり、心の閊えがとれました。
心配していた有年峠もなんの問題ありませんでした。実はヤブツバキを有年小学校の生徒たちが植えてくれた日と、
私が相生〜有年間を歩いた日が全く同じ日でした。有年で止めずにそのまま歩いていたら、
子供たちが植樹しているところに出会えたのかもしれません。


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