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西国街道(旧山陽道) その9
上道〜吉備真備(前編)






西国街道の続きです。
区間は上道〜吉備真備。

まず岡山駅周辺の駐車場に
車を止めました。
スタート地点の上道駅にも
駐車場はあったのですが、
終了後に戻る電車の接続が
悪かったので、岡山駅周辺に
止めました。

岡山駅からJRで上道駅へ。




前回終了地点にきました。

岡山から電車で移動し、
朝の7時半にスタート。













スタートしてすぐ、
右側に安国寺の経塔。

安国寺は1492年、戦火により
焼失してしまいますが、
江戸初期に再建されました。

この経塔は1624年に
作られたもの。









総社八幡宮。

この辺りは藤井の宿場町
だったところ。
岡山の城下町に一番近い
宿場町だったそうです。











さらに西へすすむと素戔嗚神社。神社の鳥居の前に案内板がありました。
幕末のペリーの浦賀来航、尊王攘夷運動などで、諸国の志士、浪人の往来も激しくなり、
備前藩でも岡山城の警戒を強め、山陽道を通行する人々に神経をとがらせていたそうな。
折しも、長州藩の下関砲撃事件を発端に、幕府の開国政策とこれに反対する長州藩の
攘夷実行により、幕府は1864年、長州征伐を断行。備前藩では長州征伐に赴く諸藩の藩士が
岡山城下を通過することを回避するため、一時的に山陽道を北方へ迂回させたそうです。

その迂回路を新往来と呼ぶそうですが、ここがその分岐点。南西に行けば従来の山陽道北に行けば新往来。
今は幕末でもないので、従来の山陽道を行くことにします。

そういえば、神戸にも徳川道という迂回路が同じ時代にありましたね。
それだけ混乱していた時代だった、ということでしょうか。






山陽新幹線の高架をくぐり、
山陽本線の踏切を渡ります。

まだ日が昇りきってません。

踏切を越え、一直線の道を
歩いていきます。









2kmほど続いた直線が
一度45度ぐらいの角度で
右に曲がります。

曲がった後、また2kmほど
直線が続きます。

写真は幡多小学校前。









百間川手前の信号を左折し、
百間川の土手に出ます。

土手にあがってみると‥









こんな感じ。
この写真の中央辺りが 渡った後の続きの道。

つまりこのまままっすぐ川を
突っ切っていければ早いの
ですが、そうもいきません。










ここより北側にある 原尾島橋を渡ります。
ここでも川があると遠回り、
の原則はいきていました。










川を渡り、本来の旧道へ
戻ります。

またまた一直線の
道が続きます。
迷わないのはいいのですが、
どうも単調で飽きますね









しばらく行くと、惣門跡が
ありました。

ここの惣門は1573年、
宇喜多直家が岡山城下町の
入口として作ったそうです。







岡山市内は路面電車が
走っています。

道路の緑色の部分は
なんと路面電車のホーム。

車がガンガン走ってくる
ので、ここに立って電車を
待つわけにはいきませんね。

「道路の端でお待ちください」
と書いた案内がありました。



旭川を渡ります。
遠くに小さく見えるのは‥













岡山城。

今は高い建物も多く、
歩いていて城が見えることは
あまりありませんが、
昔はどこからでも見ることが
できたんでしょうね。











前から路面電車が来ました。
よくみると、「たま駅長」の
ラッピングが。
んん?「たま」は和歌山電鉄
の貴志川線だったのでは?

業務提携か何かかな‥
と思い、帰ってから調べて
みると、なんと和歌山電鉄も
両備グループの一社だった
んですね。
知りませんでした。





旭川の中には小さな中島が
2つあり、3つの橋を
使って対岸へ渡ります。

東から西へ歩く場合、
最初が小橋で次が中橋。

最後の3つ目は大橋かと
思いきや、何故か京橋。







旭川を渡り商店街の中へ。
ここまでで上道駅から
2時間ほど。













商店街に入ってすぐ、
この時計台のところを
右にまがり北へ。














商店街を抜けきると、
路面電車が走る県道に
出ます。

ここを左折し国道53号を
越えて1つ目の細い筋を
右折し再び北方向へ。









またタマ電車が来ました。

なんか違和感あるなあ。













少し行くと、右手には
「餃子・拉麺博物館」の文字。

お〜!!
面白そうな博物館!!

と思ったら、中華料理屋
でした。

食べてみたいなあ。






後楽園通りに出たところで
左折して西へ向かいます。













しばらくすると、岡山駅の
すぐ北側の線路に
ぶつかります。

歩いて向かっている時、
踏切も陸橋のようなもの も見えなかったので、迂回 せねば ならないのか‥
と思っていたのですが、
ちゃんと地下道が
ありました。






地下道を抜けると商店街。
商店街を抜けていきます。

岡山と言えばデミカツ丼。
食べてみたかったのですが、
この時点でまだ朝の10時。

さすがに開いているお店が
なく、断念しました。







その後、国道180号線を
越えて旧道を西へ。

所々立派な旧家が残ります。










旧道に入ってしばらく行くと
右手には国神社。

トレーニングをするには
うってつけの階段が
見えますね。

鳥居の下で階段を見上げる
若者は走りに来たのかな?
躊躇しているようにも
見えますが。






さすが岡山。

消火栓のマンホールも
桃太郎仕様です。

何故か頼もしく見えます。










成願寺。

この手前から北に
進路をとります。










その後、国道180号に
合流しますが、すぐに
左側の側道へ。













しばらく歩き、滝王谷川を
越えると左側に北向八幡宮
があります。

基本的には神社は南向きが
多いですね。
地形の関係で北向きにしか
造れなかった場合、こんな
名称がついたりします。






笹ヶ瀬川を渡り、しばらくは
国道180号線を歩きます。

左手にはデオデオが。
中国地方に来たんだな、
と変なところで実感。








中川を越え砂川を渡ります。

まだしばらくは
国道180号を
歩いていきます。












歩道がかなり狭い。

この狭い歩道を自転車が
時々走ってきますので
要注意です。








国道180号線から
分かれてすぐのところに
ある真金の一里塚跡。

岡山城下からは2つめの
一里塚です。












吉備津駅の西側の踏切で
JR吉備線の南側にでます。











踏切を渡り程なく板倉宿。

横を見ると立派な倉が
ありました。この辺りに
脇本陣があったそうです。













なかなか変化に富んでいて面白いコースでした。実際に歩いたのは11月の上旬だったのですが、
やたら天気がよく、日中は20度に近いぐらいの気温でかなり暑かったです。
普段は昼食はコンビニで買い求め、歩きながら食べることが多いのですが、
さすがにこの日はラーメン屋さんに入って休憩。命の水をいただきました。





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